江戸の町の子どもたち|遊びと仕事のあいだで育つ日々

なりさん

江戸時代に、農村の子供たちは作業を手伝ったりしてたのかなーと想像できるけど、町人の子供たちはどんな感じやったんやろか?


ええ視点やね、それ。
農村の子どもが「労働力の一部」やったのは想像しやすいけど、町人の子どもも、わりと早い段階から「社会の一員」みたいに扱われてたっぽい。

ざっくり言うと、こんな感じ。


町人の子どもたちの基本スタンス

「遊んでるだけの子ども時代」っていうより、
小さいうちから、少しずつ“家業の見習い”っぽい役回りに入っていくことが多かったみたいやね。

年齢感でいうと、だいたい

幼い頃:お使い、掃除、子守り、店番のまねごとみたいなことから始まって、
少し大きくなると:帳場の手伝い、配達、簡単な作業を任されて、
10歳前後くらいから:本格的に「丁稚(でっち)」とか「小僧」として働き始める、

みたいな流れが、わりとよく見られた、って感じやと思う。知らんけど。


商家の子ども(商人の家)

商家の子どもは、いわば英才教育コース。

朝は店の掃除を手伝って、
来客の挨拶を覚えて、
そろばんや読み書きに触れて、
配達について回って、
帳場で親や番頭の仕事を横で見る。

みたいな感じで、
「いずれ店を継ぐ or 商売に出る」前提の空気の中で育つわけやね。

裕福な家やと、寺子屋に通って読み書き算盤を習わせてもらえることも多かったみたいやし、
都市部のほうが、そういう学びの機会は比較的多かったんちゃうかな、という感じ。


職人の子ども

大工、鍛冶屋、染物屋、指物師とかやと、

親の仕事場でウロウロして、
道具を運んで、
くず拾いしたり掃除したりして、
そのうち「これ削ってみろ」「これ持ってこい」って言われるようになる。

そんなふうに、
遊びと仕事の境目が、そのまま“修行”に溶けていく感じやったんやろね。

現代でいう「職業体験」が、
そのまま人生のレールに直結してる世界、って言うと分かりやすいかも。


貧しい町人の子ども

ここは結構シビアで、

物売りの手伝いをしたり、
子守り奉公に出たり、
他人の家に奉公に出されたり、
早いと10歳前後くらいで住み込みになる、

そんなケースも、珍しくなかったみたい。

要するに、
「食い扶持を減らす」「口減らし」「働き手になる」
っていう、かなり現実的な事情が背景にあったんやろね。


遊びはなかったの?

もちろんあった。

べったん(めんこ系)
こま回し
凧揚げ
鬼ごっこ的な遊び
川や空き地での遊び

こういうのは、いろんな記録にも出てくる。

ただ、
今みたいに「遊びだけの時間がたっぷり用意されてる」って感覚よりは、
日々の手伝いや用事の合間に遊ぶ、って感覚に近かったんちゃうかなと思う。

「子どもは子どもとして守られる存在」っていうより、
「小さいけど、もう少しずつ社会の役割を担い始めてる存在」
そんな位置づけやったんやろね。


まとめると

町人の子どもたちは

小さい頃から家業の空気の中で育って、
10歳前後くらいから「働く側」に入っていくことが多くて、
寺子屋で読み書き算盤を学ぶ子もそこそこいて、
遊びはあるけど、人生の中心は「仕事への準備」に寄っていく、

だいたい、そんな感じ。

農村が「体を使う労働の見習い」やとしたら、
町は「商売や職人仕事の見習い」やった、って対比すると分かりやすいかも。

こういうの想像すると、
江戸の町って、今よりずっと早い段階から子どもが社会に組み込まれていく世界やったんやろな、と思うわ。

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