教育と文字の実生活編|祈りから学びへ、日本人の文字史

平安時代の貴族が和歌を詠んでいるのに対して庶民は文字はまったく読めずちんぷんかんぷんな様子
なりさん

江戸時代の識字率の高さは知られていますが、平安時代の庶民の識字率はどれくらいだったの?

なるほど。確かに平安時代の識字率という話はあまりしないね。

「日本人の識字率が高い」という話は江戸の特徴としてよく知られていますが、その“出発点”である平安時代の庶民となると、まったく様子が違います。


【1】結論から言うと

平安時代の庶民の識字率は、1%未満〜数%程度と推定されています。
つまり、ほとんどの人は文字を読めず書けなかった


【2】その理由

● 文字は「貴族と僧侶の道具」

平安期の文字文化は、完全に上層社会に限定されていました。

  • 公文書や記録 → 漢文(中国語文体)で書かれ、役人・僧侶・学者のみが理解。
  • 和歌や日記 → 平仮名が登場するが、基本的に貴族女性の教養領域。

庶民(農民・職人・商人層)はまだ村単位の生活で、「言葉は口伝」「知識は体験で継承」が中心でした。


【3】庶民の教育機会はほぼゼロ

  • 学問所(大学寮、明経道)は都の貴族子弟限定。
  • 地方では寺(寺院)そのものが少なく、仏教は祈祷中心で教育機能を持たなかった。
  • 平安後期になっても、「経典を写す」ことができるのは僧侶だけ。

→ つまり、庶民が文字に触れる機会はほぼ皆無


【4】唯一の例外:宗教と呪符の文字

ただし、まったくのゼロではありません。
平安末期になると、お札・護符・経文などの形で「文字の形」が信仰と結びつき、人々の目に入るようになります。

たとえば:

  • 「南無阿弥陀仏」や「般若心経」などを模写して護符とする
  • 絵巻物や説話絵(絵で理解する仏教)で、文字と意味が少しずつ普及
    → これがのちの中世の文字文化の種になります。

【5】比較:江戸時代との違い

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時代主な文字教育機会識字率の目安主な担い手
平安時代漢文・仮名(上層限定)学問所・寺院数%未満貴族・僧侶
鎌倉〜室町仮名文・宗教文書寺子屋の萌芽・寺院教育数%〜10%武士・僧侶・商人
江戸時代仮名・和算・往来物寺子屋・藩校男性70〜80%・女性40〜50%庶民層全般

→ 江戸時代の識字率の高さは、
平安から見れば奇跡的な文化革命でした。


【6】まとめ

平安の庶民は、文字を「読む」よりも「拝む」時代。
文字は知識ではなく、神聖な力だった。
それが、数百年を経て学ぶための道具に変わっていく。


参考・参照リンク(室町時代)

※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。


文化編

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