江戸・髪結いの一日|ゴシップで稼ぐ立ち仕事

江戸時代。髪結いをしながら世間話で盛り上がる様子。

江戸の女たちの噂と笑いが飛び交う、朝から晩までの一日を追います。


■ 朝 ― 長屋の通りに響く声

朝、井戸端がざわめく頃。
「おはようさん、今日は島田にしとく?」
髪結いのおきんは、箱道具を背負ってやって来る。
手ぬぐいを頭に巻き、腰には櫛と油壺。
客の女たちは、洗い立ての髪をほどきながら笑う。

髪結いは職人であり、噂の運び屋でもある。
「お隣さんとこの娘さん、嫁入りが決まったってよ」
「まあ、あの魚屋のとこかい?」
櫛の音と笑い声が、江戸の朝を明るくする。


■ 午前 ― 立ち仕事の真剣勝負

髪を結う手は、まるで剣のように迷いがない。
島田、勝山、丸髷。
形は同じでも、髪質も頭の形も違う。
一人一人に合わせて、微妙な力加減を変える。

櫛の先で髪をすくい、椿油をのばす。
艶が出た瞬間、おきんの目が光る。
「よし、今日はこれで客が三人振り返るね」

町娘たちは笑いながら代金を払う。
髪結いの稼ぎは一人あたり四文から六文。
一日十人も結えば、飯代と風呂代が出る


■ 昼 ― 茶店でひと息

昼どき、茶屋の軒先で、髪結いたちが腰を下ろす。
櫛箱の上に弁当包みを置き、握り飯をかじる。
「今日は暑くて油がまわらないねぇ」
「まったくだ。もう一人分やったら指が固まるわ」

隣では、客の噂がもう始まっている。
「さっきのお妙さん、あの若旦那のとこに通ってるんだと」
「へえ、また髪を結う理由ができたねぇ」
笑いが風に乗って、通りの向こうまで届く。


■ 午後 ― 寄合と女の戦場

午後、寺の縁側でおきんは年配の婦人の髪を整える。
髪の白を拾いながら、静かに耳を傾ける。
「若いころはね、わたしもこの髷で旦那を落としたんだよ」
そう言って、ふっと笑う。
髪結いは、鏡越しに人生を見てきた。
恋も別れも、病も、嘘も。

結い終わった髪を見て、婦人が微笑む。
「いい手だね、おきんさん。人の気を結んでる」
おきんは照れくさそうに笑う。
「ほどけぬように、ってね」


■ 夜 ― 油の匂いと静けさ

日が沈み、道具箱を背負って長屋に戻る。
櫛を洗い、油壺を拭く。
椿油の匂いがほのかに部屋に残る。

長屋の女たちはもう夕餉の支度。
どこからか味噌汁の匂いが漂う。
おきんは明日の予約帳を開く。
「明日は祭り前か。朝から忙しくなるな」

外では鈴虫が鳴き始めていた。
髪を結う仕事は、町を結う仕事。
それを知っているのは、女たちと、風だけだ。


■ ナレーション(締め)

髪を結うとは、人の暮らしを整えること。
髪結いは、女たちの心を見つめ、
江戸の情報を運ぶ小さな風でもあった。

ゴシップは噂ではなく、町の呼吸。
彼女たちの手が、江戸の女の笑顔を支えていた。

――髪結いの一日。
そこにあったのは、商いでも、芸でもない。
生きることそのものの、たしなみだった。

次回は「江戸・駕籠かきの一日|肩に命を乗せて、足で道を読む」です。

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参考・参照リンク(江戸時代)

※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。


江戸の一日シリーズ

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