命と手紙を一緒に運ぶ、江戸の通信人の一日をドキュメンタリー調で描きます。
■ 夜明け前の支度
夜の気配がまだ残る頃。
飛脚宿の中庭に、足音が響く。
「今日も江戸までだ」
男は短くそう呟くと、腰に袋を締め、背には小さな木箱――飛脚箱。
中には書状、金包、そして人の信頼。
半纏を羽織り、脚絆を巻き、草鞋を結ぶ。
米と塩と味噌玉を小袋に詰める。
それが今日一日の糧。
灯の消えた宿を出ると、東の空がうっすら白み始めていた。
■ 街道を走る
「東海道、江戸行き――飛脚通る!」
声をかけながら、飛脚は人波を裂くように走る。
箱根の坂を越え、川を渡り、宿場を抜ける。
途中で立ち止まるのは、関所と茶屋だけ。
茶屋の婆が握り飯を差し出す。
「いつものやつかい?塩多めにしといたよ」
「ありがてぇ」
ひと口でかき込み、水をひと口。
それだけでまた、走り出す。
脚は棒のようになっても止まらない。
走ることが、信じられること。
その一点に、すべてが懸かっていた。
■ 宿場の交代
昼過ぎ、次の宿場に着く。
息を切らしながら、問屋場に書状を手渡す。
「○○藩行き、ここで継ぎだ」
次の飛脚が受け取ると、すぐに走り出す。
一人で江戸大坂を往復することはない。
飛脚はリレーのように、命を繋ぐ通信網。
一本の手紙が何十人もの足を渡って届く。
それを乱さぬために、誰も休まない。
休むことは怠けではない。
怠けは、信用を殺す。
■ 雨と泥と
夕刻、雨が降り出す。
風が吹き、道がぬかるむ。
それでも走る。
飛脚箱を守るため、肩に風呂敷をかける。
足の裏の皮が剥け、泥が草鞋に絡む。
だが、止まることは死と同じ。
道端の地蔵に手を合わせ、
「どうか、明日まで走らせてくれ」
そう呟いて、また一歩を踏み出す。
■ 夜の宿
ようやく宿に着くと、灯の下で飛脚箱を拭き、封印を確かめる。
手ぬぐいを絞り、汗を落とす。
飯は干し飯と味噌湯。
それだけ食べて、畳に転がる。
寝る前に、次の出発のための草鞋を編む。
藁の香りが、ほのかに漂う。
夜風が障子を鳴らす。
遠くの宿でも、同じ音が鳴っている。
明日もまた誰かが走る。
同じ道を、同じ信頼を、繋いで。
■ ナレーション(締め)
飛脚にとって、足は命。
箱は誇り。彼らが運んでいたのは、ただの手紙ではなかった。
商人の信用、恋人の思い、主君の命令。
それぞれの人生を背負って、彼らは走った。倒れるまで、走り続けた。
――江戸の通信網を繋いだのは、
風より速く、誰より誠実な、無名の脚たちだった。
次回は「江戸・大工の一日|木と汗で飯を食う」です。
参考・参照リンク(江戸時代)
※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。
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