長屋に生まれた恋と情|庶民の妾という生き方

お妾さん
なりさん

江戸時代の町人でも妾さんとかいた場合と聞いたけど、なかなかの経済力が必要だったと思うけども、金持ち以外でも妾さんがいたりしてた?

このテーマ、江戸の「愛と経済」を読み解くうえで実に深いところですね。
結論から言うと──妾(めかけ)は金持ちだけのものではなかった
ただし、「どんな妾か」「どういう関係か」で層がまるで違います。


妾の定義:妻とは違う「現実的な関係」

まず、妾(めかけ)とは法律婚ではない女性で、経済的に庇護される代わりに、性的・生活的に関係を結ぶ女性のこと。

江戸時代の法制度では一夫一妻制でしたが、「妻以外の女性を囲う」ことは社会的に黙認されていました。

ただし、身分や階層によってその意味は全く異なります。


1. 武士・上層町人の“格式妾”

大名や旗本、豪商には「側室」的な妾が存在しました。
これは事実上の「第二夫人」で、衣食住を与え、子をもうければその子も正式に認知されることもありました。

  • 武士の家では跡継ぎ確保のため。
  • 豪商の家では「家格維持」と「情の贅沢」。

当然ながら、経済的余裕がある層の特権です。


2. 中堅町人の“情妾”・“通い妾”

ここが面白い層です。
魚問屋、呉服屋、両替商、職人親方など、ある程度の安定収入を持つ中堅町人層
このあたりでは「妾を持つ」ことが、「一人前の男の証」「大人の粋」として語られることもありました。

ただし、彼らの妾は豪華な屋敷住まいではなく、

  • 長屋を一軒借りて住まわせる。
  • 生活費を月に少し渡す。
  • 時々通う(=通い妾)。
    という現実的な形。

要するに、“同棲ではない同居”のような関係です。


3. 貧しい町人や職人の“情け妾”“渡世妾”

さらに下層になると、経済的というより情と生存の延長線に妾関係が生まれます。

たとえば──

  • 長屋の職人が、後家(未亡人)と支え合う。
  • 飲み屋の女将や飯炊き女と情が通い、生活を助け合う。
  • お金ではなく「食い扶持」「屋根」「情」で結ばれる。

これは「妾」というより、“人生共同体”のような存在です。
正式な夫婦ではないが、実質的には一緒に暮らす「非公認の夫婦」。

当時の長屋文化では、こうした関係は周囲も承知のうえで、「まあ、おたがい様」と受け入れられていました。


4. 妾文化の裏にある「社会のゆるさ」

江戸の庶民社会は、現代のように戸籍や税制度が厳密ではなく、「表の家族」「裏の家族」「通い合う関係」がかなり柔軟に存在しました。

だからこそ、

  • 本妻が妾を黙認するケース(経済が安定していれば)
  • 妾が老後の面倒をみるケース(人情的契約)
    など、愛と現実が入り混じった人間模様がありました。

まとめ:妾は「金持ちの贅沢」ではなく「生活の選択肢」

つまり、

  • 上層は「格式・贅沢の象徴」
  • 中層は「粋・大人の関係」
  • 下層は「生活共同体・情の絆」

同じ「妾」という言葉でも、江戸の階層社会の縮図そのものでした。
そして何より興味深いのは、どの階層でも「愛情と経済のバランス」が常に問われていたという点ですね。


生活編

あの時代、人々はどんな生活をしていたのだろう?衣食住から働き方まで、素朴な疑問にわかりやすくこたえます。

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