江戸・大工の一日|木と汗で飯を食う

休憩中の大工さん

火のあとに町を立て、木と語り、汗で暮らす職人たちの一日です。


■ 朝の音、木の香り

朝靄の中、江戸の裏通りにトントン、カンカンと音が響く。
大工たちはもう動き出している。
木材を担ぎ、鋸を研ぎ、墨壺を引く。
手には豆、背中には汗。

「木は生きてる。生きてるもんを殺すな」
棟梁の声が響く。
木目を見抜き、曲がりを読んで、一本の柱に命を通す。

火事で焼けた家の再建、茶屋の改修、武家屋敷の増築、寺社の修繕。
大工の仕事は、江戸の呼吸そのものだった。


■ 午前、木と語る時間

「この桁は芯が強い。風に負けねぇ」
若い衆が頷く。
墨壺を引き、鉋(かんな)をかける。
木の表面が光を帯びるように滑らかになる。
その香りが、作業場に満ちる。

昼近く、柱が組み上がると、棟梁が天を仰ぐ。
「これで今日も建つな」
屋根の上を風が抜け、空の青さが木の間からのぞく。


■ 昼休みの飯

昼時、手を洗って、影に座る。
握り飯と沢庵。
味噌をのせてかじる。
木の削り屑を見ながら、誰かが笑う。
「これでまた三日は飯が食える」

棟梁が竹の箸を置きながら言う。
「大工はな、腕で食う。口で食おうとする奴は、長く続かねぇ」
その言葉に、若い衆は黙ってうなずく。


■ 夕刻、仕上げと祈り

日が傾き始める。
最後の釘を打ち、木槌を置く。
屋根の上で、棟梁が小さな紙包みを風に放つ。
中には塩と米――上棟の祈り

「人が住んで笑える家になりますように」
その声に、皆が手を合わせる。
一瞬、風が止まる。
それがまるで、木が応えたようだった。


■ 夜、酒と笑いと

仕事が終わると、町の居酒屋に集まる。
火消、左官、鳶――みんな仲間だ。
「今日は梁がうまく入ったぞ!」
「おう、あの火事場跡の家か、見事だったな」

湯呑に酒を注ぎ、笑い声が響く。
木屑の匂い、汗の匂い、焼き魚の匂い。
それが混ざって、江戸の夜の匂いになる。

帰り道、若い大工がふと立ち止まる。
新しく建った家の軒先に灯がともっている。
中から、子どもの笑い声。
その音を聞いて、静かに笑う。

「――あぁ、今日もいい仕事したな」


■ ナレーション(締め)

木を組むとは、人を組むこと。
柱は人の心、梁は絆。

火が町を焼いても、また立てる者がいた。
それが江戸の大工。

彼らの手の跡が、
いまも町の影の中に息づいている。

――木と汗で飯を食う。
それが、江戸の職人の誇りだった。

次回は「江戸・髪結いの一日|ゴシップで稼ぐ立ち仕事」です。

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参考・参照リンク(江戸時代)

※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。


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