駕籠の乗り心地|『耐える』だけじゃなかった職人技

かごの揺れと痛みに苦痛の表情
なりさん

愛媛の金毘羅山に行った時のこと。階段を登る駕篭に乗ったんだけども、数分もしないうちに窮屈すぎて筋肉が固まって降りた。本当に昔のえらい人はかごに長時間乗ってたの?

昔の人は本当に長時間駕籠に乗り続けられたのか?→「耐えた」+「工夫があった」

なるほど、金毘羅山のかご体験をされたんですね。実は、あの「かご」に長時間乗るというのは、現代人にはかなり苦痛なんです。昔の「えらい人」=武士や公家、代官などが長時間乗っていたのは確かですが、いくつか工夫がありました。


①駕籠の種類で「快適度」は天と地ほど違った

現代の観光地にある「体験用駕籠」と、江戸時代の実用駕籠は別物でした。

スクロールできます
駕籠の種類特徴乗り心地
町駕籠(安物)狭い・クッションなし・簡易構造地獄レベル
武家用・公家用乗り駕籠背もたれ・ひじ掛け・畳や褥(しとね)あり相対的にマシ
大名行列用の豪華駕籠広い・装飾あり・複数人担ぎかなり快適(それでも揺れる)

つまり、「駕籠=全部同じ」ではなく、金と身分で快適度が全然違ったんです。


②「乗り方」に流儀があった=姿勢制御の技術

ただ座ってるだけじゃなく、揺れに対応する乗り方がありました:

  • 背筋を伸ばして腰をやや浮かせる「半座り」姿勢
  • 揺れに合わせて体を動かし、筋肉が固まらないようにする
  • 馬術に近い感覚→重心移動で揺れを吸収

つまり、「受け身的に耐える」のではなく「能動的に揺れをいなす」技術があったんです。

素人の乗り方熟練者の乗り方固まって座る→激しく揺さぶられる半座りで重心調整→揺れを吸収筋肉ガチガチ→疲労蓄積体を柔軟に動かす→疲れにくい数時間で限界長時間移動可能

これ、現代人が「駕籠きつい」と感じるのは、この乗り方を知らないからかもしれません。


③こまめに休憩していた=連続乗車ではなかった

長距離移動でも:

  • 23里(約812km)ごとに休憩所(茶屋・宿場)
  • 駕籠から降りて体を伸ばす
  • 1日30~40kmが限界

つまり、「10時間ぶっ通し」ではなく「2時間乗る→休む→2時間乗る」の繰り返し
これなら現代人でも何とか耐えられそうです。


④担ぎ手の熟練技=「揺れを殺す」歩法

駕籠かきはプロの技術職でした:

  • 前後の息を合わせて「揺れを殺す」歩き方
  • 段差や坂道で駕籠を水平に保つバランス感覚
  • 長距離では交代制(駕籠継ぎ制度)で疲労管理

つまり、「誰でも担げる」のではなく、熟練の職人技があったんです。

素人が担ぐと熟練駕籠かきが担ぐとガクガク揺れる揺れが少ない段差で傾く水平を保つすぐ疲れる長距離移動可能

良い駕籠かきに当たるかどうかで、乗り心地は激変したはずです。


⑤駕籠は「苦痛だが、工夫次第でマシになる移動手段」だった

要素詳細設計高級駕籠は背もたれ・ひじ掛け・褥あり乗り方半座り姿勢で揺れをいなす技術休憩2~3里ごとに降りて体を伸ばす職人技熟練駕籠かきが揺れを最小化

つまり――

  • 安い町駕籠×素人乗り×下手な担ぎ手 = 地獄
  • 高級駕籠×正しい乗り方×熟練担ぎ手 = まだ耐えられる

「耐えるしかなかった」は事実ですが、「耐えやすくする工夫」も確かにあったんです。

結論:それでも楽ではなかった

ただ、いくら慣れていても、雨風や段差が多い道では体にこたえました。特に山道(金毘羅のような急階段)は想像以上に揺れるため、途中で「船酔い」みたいになる人もいたと記録があります。

なので、殿様や大名でも「かごより馬の方が楽だ」と言う人は多かったです。
江戸後期になると、旅慣れた人は「軽駕籠(けいかご)」という小型タイプにして、短距離だけ使うようになりました。


現代のかご体験が窮屈に感じるのは、当時より体格が大きくなっていることもあります。昔の平均身長が150cm台だったので、そもそも空間設計が違うんですね。

駕籠旅の費用|庶民の『たまの贅沢』から大名の豪遊まで」はこちらを参照。

実際の乗り心地は「駕籠の乗り心地|『耐える』だけじゃなかった職人技」について。

駕籠かきの暮らしぶり|江戸の”影の交通インフラ”を担った肉体労働者たち」で生活ぶりを紹介。

江戸の一日というシリーズで「江戸・駕籠かきの一日|肩に命を乗せて、足で道を読む」を紹介しています。


生活編

あの時代、人々はどんな生活をしていたのだろう?衣食住から働き方まで、素朴な疑問にわかりやすくこたえます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!