江戸・駕籠かきの一日|肩に命を乗せて、足で道を読む

かごかきのイラスト

この町の道という道を、己の肩で知り尽くした男たち。
彼らの一日を追います。


■ 夜明け前 ― 駕籠宿の支度

まだ夜が白む前、駕籠宿の戸口が開く。
「おう、今日は芝から深川までだ」
二人一組の駕籠かきが、縄を締め、棒を点検する。
竹と樫で組んだ駕籠は、見た目よりずっと重い。
軋む音に手のひらを当て、木の感触を確かめる。

草鞋を履き、肩に布を巻く。
「さあ、行くか」
まだ寝静まる町を抜け、日の出前の街道を進む。
駕籠の中では、客がまだ眠っている。
その寝息が、旅の始まりを告げる合図だ。


■ 朝 ― 江戸の町を走る足

「えい、ほっ! えい、ほっ!」
掛け声に合わせ、駕籠が町を滑るように進む。
石畳の震動を、足の裏で読む。
ぬかるみを避け、坂の角度を測り、雨の日の石畳、夜の凍った道、足音を乱さずに歩調を揃える。

駕籠の中から、女の笑い声。
「少し揺れてるよ」
「へい、お武家さま、これでも花道です」
冗談を交わしながらも、足は止めない。
駕籠かきにとって、客の命は肩にある

橋を渡る時は息を合わせる。
ひとつ間違えば、橋脚にぶつかり、駕籠ごと転倒。
彼らの集中は、剣士のそれに近い。


■ 午後 ― 灼熱と汗と

昼を過ぎると、江戸の町は熱気に包まれる。
草鞋の縄が解け、汗が肩の皮を焼く。
それでも歩を止めない。

「飯にするか?」
「いや、先に届けちまおう」
駕籠を下ろせば、息が上がる。
だが、客が降りると、背筋を伸ばし、丁寧に一礼する。
「お足元、気をつけて」

その一礼に、職人としての誇りが宿る。
報酬は一日で八文から十二文ほど。
決して楽ではない。
だが、彼らの歩いた距離が、江戸を動かしていた。


■ 夕刻 ― 町の灯と駕籠の影

日が傾く。
通りには提灯が灯り、駕籠の影が伸びる。
往来が静まり始めると、夜駕籠の出番。
酔客を乗せ、花街へ、裏長屋へ。

時に客が吐いても、時に武士が絡んでも、
彼らは笑ってかわす。
「駕籠かきに喧嘩なし。道は長ぇ」
その言葉が仲間内の掟だった。


■ 夜 ― 湯と酒と肩の痛み

仕事を終えると、二人で湯屋に向かう。
肩の皮は裂け、血がにじむ。
湯がしみても、顔をしかめる者はいない。
「生きてる証拠だ」
湯気の中で笑い、湯上がりに安酒をひと口。

「今日の道、悪くなかったな」
「明日は雨かもしれねぇ」
そんな会話が、江戸の夜に溶けていく。

帰り道、提灯の灯が濡れた石畳に映る。
駕籠かきの背は、少し曲がっている。
けれど、その背に乗ってきた命の重みが、
彼らの歩幅を変えたことを、誰より本人が知っている。


■ ナレーション(締め)

駕籠を担ぐとは、人を担ぐこと。
足で道を読み、肩で命を守る。

江戸の町を結んだのは、
馬でも車でもなく、二人の男の息づかいだった。

――彼らの歩いた道が、
江戸という巨大な生き物の血管になった。

今日もまた、どこかで掛け声が響く。
「えい、ほっ。えい、ほっ。」

駕籠旅の費用|庶民の『たまの贅沢』から大名の豪遊まで」はこちらを参照。

実際の乗り心地は「駕籠の乗り心地|『耐える』だけじゃなかった職人技」について。

駕籠かきの暮らしぶり|江戸の”影の交通インフラ”を担った肉体労働者たち」で生活ぶりを紹介。

江戸の一日というシリーズで「江戸・駕籠かきの一日|肩に命を乗せて、足で道を読む」を紹介しています。


次回は「江戸・豆腐屋の一日|夜明けに起き、月を見て帰る」です。

前回の江戸の一日目次次回の江戸の一日


参考・参照リンク(江戸時代)

※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。


江戸の一日シリーズ

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